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日光まるひで食堂本店

日記

2026-10-31 22:05:00

The Last Day of October… and Ieyasu's Greatest Crisis!

本日もご来店を戴きありがとうございました、、、thank you⤴⤴👏👏 感謝です、、、😂😂😂

 

今日は月末、10月のLast dayでしたね、、、

皆さん、10月はいかがでしたか、、、?

 

東照宮の紅葉は、見頃真っ只中🍁🍁

今日もたくさんのお客様、そしてインバウンドのお客様もたくさん⤴⤴

 

今日も色々と色々とエピソードがありましたが、、、

 

で!ご報告です🏆

 

このたび、日光まるひで食堂本店は、Restaurant Guruの「RECOMMENDED 2026」に選ばれました✨

お店の雰囲気やおもてなし、ゆばの創作料理を評価していただきました。

いつもご来店くださる皆さまのおかげです。本当にありがとうございます🙇🙇

Instagramにも載せましたので、よかったら見てください👏👏

rg-certificate-2026.png

明日は日曜日。また混み合いそうです💦

お越しの際は、11時の開店直後がおすすめですよ👍

 

話は変わりますが、、、

 

今夜のこのblogも、新しいAI「ミューズ」に手伝って貰っています👍

ChatGPTといい、AIの進化、、、すげぇ⤴⤴

 

さて!

 

いきます⤴⤴👏👏

 

徳川家康公のHistory!

 

前回は、、、

 

小牧・長久手の戦い。

戦では家康公が勝った。でも大きな流れでは秀吉が優位に、、、

 

そして、家康公の重臣・石川数正が突然、秀吉のもとへ走る💦💦

 

というところまでお話しました。

 

石川数正って、どんな人かというと、、、

 

幼い頃から家康公に仕えてきた、まさに右腕。

戦よりも外交・交渉の人で、秀吉との交渉役も数正でした。

 

つまり、、、徳川家の内情も、軍の仕組みも、全部知っている男😱😱😱

 

その数正が、天正13年(1585年)11月、突然、岡崎を出て秀吉のもとへ、、、

 

なぜ??

 

今もはっきりとは分かっていません。

 

・小牧・長久手の後、秀吉と交渉を続けてきた数正は、秀吉の力の大きさを一番よく知っていた。和睦を勧める数正と、あくまで戦おうとする武将たちとの間で、だんだん立場が悪くなっていった、、、

 

・長年の功績への評価に、不満があった、、、

 

色んな説があります。

 

でもね、、、理由はともかく、家康公のショックは計り知れないよね💦💦

 

右腕が、全部の秘密を持ったまま、相手のもとへ行ってしまったんだから、、、😱

 

家康公は、軍の仕組みや決め事を全部変えざるを得なかったといわれています。

 

最大のピンチ、、、

 

ところが!

 

ここからが秀吉の凄いところ。

 

秀吉は攻めてこなかった。逆に、、、

 

自分の妹・朝日の方を家康公の妻として送り、

なんと実の母親・大政所を、人質として岡崎へ送ってきたんです😱😱😱

 

自分の母親だよ??

 

「そこまでするか、、、」という誠意の見せ方。

 

そして天正14年(1586年)。家康公はついに大阪へ向かい、秀吉と対面。臣従することになります。

 

戦に勝った相手に、頭を下げる、、、

 

悔しかったと思うよ。

 

でも、、、ここで意地を張って滅びるか、頭を下げて生き延び、次につなげるか。

 

家康公は、生きる道を選んだ。

 

やっぱり、、、その後の動き方、大切なんだろうね👍

 

そして秀吉の天下統一は進み、次に狙われたのは、、、小田原の北条氏。

 

そこで家康公に下される、衝撃の命令。

 

「関東へ移れ」

 

長年治めてきた三河を捨てて、江戸へ、、、??

 

続きは次回のblogで、、、👏👏

 

ヨロシク⤴⤴🙌🙌

 

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